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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)1740号 判決 1956年3月24日

原告

堀川りん 外三名

被告

埼京運輸株式会社

主文

被告は原告堀川りんに対し金二十万円、その他の原告三名に対し各金十五万円及び右各金員に対する昭和二十九年三月十五日からその支払のすむまで各年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は四分し、その三を被告、その余を原告らの各負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

一、堀川重兵衛が昭和二十八年九月十五日本件自転車で別紙(省略)図面(1)の道路を南進し、同日午后一時五十分頃根岸一六四号電柱の附近で左折し、本件交叉点に入つたこと、運転手大畑喜正及び助手新井栄三の乗務する被告所有の本件自動車が、荷台にドラム罐入油脂等約二トンの積荷と荷主相上市郎とを載せ、別紙図面(3)の道路から本件交叉点に入り、そのまま三之輪方面に向つて東進を続けたこと及び重兵衛と本件自動車とが本件交叉点のなかで衝突し、そのため同人が本件自転車から転落して本件自動車の前輪と后輪との間の路上に仰向けに顛倒し、その左側后輪(二重車輪)で左上半身を轢かれ、よつて胸腔内臓器損傷及び頭蓋内出血の傷害を受け、その結果同日午后二時十四分死亡したことは当事者間に争がない。

そこで、まず、本件衝突の地点及びその状況について按ずるにその衝突の地点は、成立に争のない甲第八号証の七、本件交叉点の検証の結果及び証人絹川正雄、青木栄子の各証言を総合して別紙図面の甲点より約一米北方の地点であり、又その衝突は証人境野良一、青木栄子の各証言及び原告政雄の尋問の結果によつて認められる重兵衛が右肩(頸部の稍々下に当る部分)に十糎大の擦過傷を受けた」事実、証人絹川正雄、青木栄子、大畑喜正、相上市郎、新井栄三、家谷安貞の各証言によつて認められる「本件自動車の停止したとき顛倒した重兵衛の左上半身が自動車の后輪の下敷になつており、その頭が車体の内側にあつた」事実及び本件自動車の検証の結果を総合して本件自動車の荷台の左前方の角が重兵衛の右肩後方から追突したものであることが認められ、証人関根市良、大畑喜正、相上市郎、新井栄三の各証言のうち以上の認定に反する部分は信用し難く、他にこの認定を動かすに足る資料はない。

二、本件交叉点が別紙図面のとおり五本の道路が集中している点で、そこは交通整理の行われていない交叉点であり、且つその道路が舗装(本件交叉点の検証の結果及び甲第八号証の四によるとこれはアスフアルト舗装であると認められ、この認定に反する同号証七の記載は信用できない。)されていること及び本件事故の際特に本件自動車からの見透しを妨げるものがなかつたことは当事者間に争がないが、以上のような状況の下で本件交叉点を通過しようとする自動車の運転手は、何時その進路前方又は側方から歩行者又は自転車が現れて来るかも知れないから、これとの衝突を未然に防止するため絶えず自動車の前方及び側方に注意し、又他人の注意を喚起するため警笛を吹鳴し、徐行しなければならない義務があり、又助手は運転手を補佐して絶えず自動車の前方及び側方に注意し、もしそこに歩行者又は自転車を認めたとききは直ちに運転手にこれを知らせ、その処置を促させなければならない義務のあることは原告らの主張するとおりである。

ところで、前に認定した「本件衝突の際には本件自動車の荷台の左前方の角が重兵衛の右肩に后方から追突したものである」事実と本件自動車の検証の結果とを併せ考えると本件衝突の直前においては本件自転車は本件自動車の運転台の左窓から至近の距離にあつたことが認められるが(証人大畑喜正、新井栄三の各証言のうちこの認定に反する部分は信用できず、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。)、この事実と、当事者間に争のない「荷主相上市郎が叫声を発するまで大畑喜正及び新井栄三が全然、非常の措置をとらなかつた」事実とを総合すると、右両名は本件衝突の際自動車の左側方に対する警戒を著しく怠つていたことが明かである。のみならず、成立に争のない甲第八号証の六及び証人絹川正雄、関根市良の各証言を総合すると、新井栄三は本件事故の時には地図に眼を落して自動車の左側方に対する警戒を全く怠つていたことが認められ、証人大畑喜正、新井栄三の各証言中この認定に反する部分は信用できず、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。そしてさらに、証人青木栄子、家谷安貞の各証言によると、本件自動車は別紙図面(3)の道路から全然警笛を吹鳴せずに本件交叉点に進入して来たものであることが認められ、証人大畑喜正、新井栄三の各証言のうちこの認定に反する部分は信用し難く、他にこの認定を動かすに足る証拠はない。

なお、原告らは本件事故の際本件自動車は時速三十粁以上の速度で進行していたと主張するが、この点に関する証人関根市良、青木栄子の各証言は信用できず、他にこれを認めるに足る資料はない。しかし、成立に争のない甲第八号証の五ないし七、証人大畑喜正、相上市郎、新井栄三の各証言、本件自動車の検証の結果と前認定の、本件自動車停止の際における重兵衛の身体の位置及び本件衝突の状況とを総合して考えると、大畑喜正は本件自動車が重兵衛と接触した瞬間相上市郎の叫声を聞き直ちに非常制動をかけたがそれでもなお自動車はその后二・五メートル程前進して停止したものと推認されるが、この事実と前認定の「本件交叉点の道路がアスフアルトで舗装されていた」事実及び当事者間に争のない「本件自動車は日産四六年型普通貨物自動車で、当時約二トンの積荷を載せていた」事実とを斟酌すると、本件自動車は当時少くとも時速二十四、五粁の速度で進行していたものと考えられ、成立に争のない甲第八号証の五、証人関根市良、青木栄子の各証言もまさにこの認定と符合する。この認定に反する証人大畑喜正、相上市郎、新井栄三の各証言は信用できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

ところで、本件交叉点の如き交通整理の行われていない道路交錯地点を通過するに当つては、自動車運転手は精々時速二十粁を超えない速度で操従すべきものであるから(東京都交通道路取締規則第五条第四号参照)本件事故は結局大畑喜正、及び新井栄三がともに本件自動車の左側方に対する警戒を怠り、更に大畑喜正が警笛吹鳴及び徐行の義務を怠つた過失によるものといわなければならない。

三、さて、被告が右両名を使用してその所有の貨物自動車で貨物自動車運送事業を営む会社であること及び本件事故が、右両名が被告の右事業の業務を行うため荷主相上市郎からの依頼でドラム罐入油脂等を運送していた際に発生した事故であることは当事者間に争がないが、さすれば、被告が右両名の使用主として、右両名の前記過失による重兵衛の死亡に対する慰藉料の支払義務を免れ得ないことは論を待たないところであろう。

四、次に、重兵衛が明治二十三年十二月生の老人であつたこと、原告りん(明治二十九年九月生)が同人の妻、その他の原告三名いずれも同人と原告りんとの間の子であること、原告政雄(大正三年十月生)が重兵衛と共同して牛乳販売業を営んでいたこと、原告恒太郎(大正十二年十月生)が同人と同居していたこと及び原告たき(大正五年八月八日生)が昭和十四年藤咲末松と婚姻し、その后は同人方でその営業にいそしんでいることは当事者間に争がなく、又証人鈴木常男の証言及び原告政雄本人尋問の結果によると、重兵衛は生前非常に健康であり、中流の生活を営んでいる堀川家の大黒柱となつて働いており、原告らは常日頃同人に少しでも楽をさせて孝養をつくそうと心がけていたが同人は依然として家業に精励し、その努力によつて営業成績は可成上昇していたことが認められる。

五、そこで更に、本件事故について、重兵衛自身にも過失があつたか否かについて按ずるに、成立に争のない甲第八号証の一、四、及び六ないし八と証人大畑喜正、相上市郎、中谷昌恭、市川輝彦の各証言とを総合すると、本件自転車は本件事故の数日前からハンドブレーキのライニングが切断しており、しかもこの故障は些かでも注意を払えば直ちに発見できるものであることが認められ、この認定に反する原告政雄本人尋問の結果は信用できず、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

そしてブレーキの破損している自転車を乗用に供してならないことは勿論であるから(道路交通取締法第七条第二項第一号)重兵衛はこの故障を発見しなかつたか又は発見しても敢てこれを乗用に供した点において過失の責を免れることはできないものといわなければならないが、前認定の本件衝突の地点、その状況本件自動車の速度及び本件自動車の検証の結果を総合すると、本件事故は重兵衛のこの過失が競合したものと考えられる。けだし、本件のような見透しの良好な地点で重兵衛が前方を注視して自転車を操縦し、前認定の追突の寸前にその乗用自転車に完全なブレーキをかけたとすれば本件事故を避けることは容易であつたと考えられるからである。

なお、本件交叉点の如き地点にあつて別紙図面(1)の道路から(2)の道路に出ようとする自転車は、根岸一六四号電柱の附近から、歩行者の通行を妨げない限度において成るべく道路の北側店舗(青木ガラス店、植木屋)に沿つて東進し別紙図面丙点で右折して本件交叉点を横断すべきものであるところ(道路交通取締法施行令第十三条第一項前認定の本件衝突の地点及びその状況に徴すると、重兵衛は以上の進路をとらず本件交叉点の中央附近において斜にこれを横断しようとしていたものであることが明白であるから重兵衛には、この点においても過失があり、しかもこれが本件事故発生の大きな原因を形成しているものと考えられる。

被告は重兵衛には本件自動車の近接を認めてこれを避譲しなかつた過失もあると主張するが、この点の過失(その過失を仮定して)は先に認定した二点の過失のうちに包含されるものであるから特にこれを詮議する必要はない。

六、前項認定のとおり本件事故については、重兵衛自身にも過失があるのであり、以上諸般の事実からして被告の支払うべき慰藉料は原告りんについては金二十万円、その他の原告三名についてはそれぞれ金十五万円を以て相当とする。

七、して見ると、被告は原告りんに対し慰藉料二十万円その他の原告三名に対し同各十五万円の支払義務を負うべきもそれ以上の義務を負わないことが明瞭であるから、原告の本訴請求中被告に対し右各金員とこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明かな昭和二十九年三月十五日からその支払のすむまで年五分の民事法定利率による遅延損害金の各支払を求める部分は正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文、第九十三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中盈 古関敏正 山本卓)

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